2011年 1月 31日
「モネとジベルニーの画家たち」展
渋谷文化村で行われている絵画展「モネとジベルニーの画家たち」を見てきました。
これまでにモネの絵はパリのオランジュリー美術館、マルモッタン美術館などで何度も見てきました。私の著書「花でめぐるフランス」でも、”モネの愛したノルマンディー”という章ではエッセイも書きました。
今回文化村に足を運んだのは、私の本がミュージアムショップで販売されている、と私の生徒さんが教えてくれたので、それを見に行く目的もありました。
フランス関係の本の中に私の本も平積みされていました。
ちょっと感激^^
さて、絵画ですが、ジベルニーに集まってきたアメリカ人画家の作品の中に混ざりながらも、やはりモネの作品は別格でした。
そして、今日あらためて彼の作品について認識したことがあります。
私はこれまで彼の作品を「光と影の移ろいを描いた」と簡単にまとめていましたが、
彼が描いていたのは光や影そのものではなく、自然の中の大気。いうなれば‘気‘だと思うのです。彼は見えるものを描いたのではなく、彼が感じる‘気‘を表現しようとしたのだと思います。
それは光の加減で感じ方も違ってきたのでしょう・・・
私たちが伊勢神宮やそのほかの神社で、空気感の違いを感じるように、モネは池から感じる目に見えないものを描いたのだと思います。水面に写り込む空や雲、水底に沈む藻、そして水面の睡蓮と対象物はありますが、描こうとしたのは彼が感じる気だったのではないかと・・・
時間がなくて大雑把な鑑賞しかできませんでしたが、モネの水連の絵を見た限りそのように感じました。
落合さま
ごぶさたしております。
当方、近年足が遠のきがちになった渋谷界隈ですが、文化村だけは別格で、創設当初から大ファンの地域です。
そのミュージアムショップに落合さまのご書籍が平積みで置かれているのは、当然のことといえば当然に思いますが、私などもうれしく思います。
モネについての「大気」「気」というご考察を興味深く読ませていただきました。
大変秀逸で新鮮に感じました。
「印象派」という言葉をたぐってみると、外形よりも「気持ち」ということがよりふさわしく、まさしく正鵠を得たお考えかと思います。
以上
支離滅裂になりましたが、ありがたく存じます。
西尾 拝
西尾さま
美術評論家(?)の西尾さんに素敵なコメントをいただき、嬉しいです。
私も渋谷は苦手ですが、文化村だけは興味のあるところです。
カフェも好きですよ。
嶋田洋書も面白い本があるし・・・